ブログ説明

ひどい耳鳴りのためTRT療法を体験
その後、難聴は進行して、ほぼ聞こえず。でも耳鳴りだけは聞こえる(笑)
アブミ骨手術ができるということで、その体験談も書きます。

2026年6月17日水曜日

難聴悪化で、アブミ骨手術(メインページ、目次)

私の耳鳴りのイメージ 常にこれくらいうるさい

この図のような感じの耳鳴りを抱えて生きています。

耳鳴りも難聴とともに悪化。左ではキーンとジャットエンジンのような音がして、右は脈拍が消防車の半鐘の音のようにガンガンなっています。

これでも、気にせずに生きていられるのは、TRT療法で慣れていたからかなと思ったりしております。


耳鳴りは慣れればなんとかなるものです。無視すれば良いだけ。気にしなければ良いだけ。

耳鳴りはなんとかなっても、難聴は我慢とか工夫でなんとかなるものですないです。

耳鳴りがひどくても、聞こえている人はまだ幸せだよ。

私は、シャワーを浴びているとき(補聴器は外している)は、シャワーの水の音さえ聞こえない。

補聴器を使って、聴力損失がだいたい30dBくらいまで上げています。これがだいたい80歳台で「耳が聞こえにくくなった」と言っている人くらいの聞こえです。


 しばらく放置していたブログですが、最近、アブミ骨手術を受けたので、その経過とかを記録していきたいと思います。

身体障害者(聴覚障害)4級です。


同様な方へのご参考として。


更新

耳鳴りから始まり、難聴は徐々に進行し、6年ほど前からは両耳に常時補聴器を使用しています。コストコさんの補聴器はお安いので良いです。


これまで経過

 30歳代の頃

振り返ってみれば30代ぐらいの時から少し聴力が下がってきた傾向があります。

30歳代後半でひどい耳鳴りが気になり始め、TRT療法などを受けています。耳鳴りが減ったわけではないのですが、気分的には楽になったと思います。

ただこの頃は明確な自覚として聴力の低下というのは感じていませんでした。

40歳代の頃

 40歳代後半になって左の耳の聴力低下が気になり始めました。

左耳だけ補聴器を使用しました。ただ常時使用ではなく、特に気になる時だけの使用という感じです。

53歳の春から両耳補聴器

 53歳の春頃から両耳を補聴器を使用するようになりました。聞こえにくい感じはしましたが、補聴器なしでも会話は成立していました。補聴器を使用するとクリアに聞こえたので、両耳補聴器とも常時使用し始めました。

聴力の低下は回復することは難しいものの、とにかく状態は早く把握して悪化させないようにと、半年に一度は耳鼻科に行って聴力検査を受けていました。この結果、徐々に徐々に聴力が低下していっていることが分かりました。

難聴の悪化とともにか、ある日、目眩で倒れ入院

56歳の春、朝起きると頭が揺れる感じ。まっすぐに歩くこともできず、座っているのも大変。めまいが急に襲ってきました。これが目眩というものです。

立つことさえできなかったので、生まれて初めて救急車に乗って救急搬送されて病院へ。このまま10日間入院をしてステロイドを静注することになりました。けれども聴力は解消せず、入院した病院で大学病院の難聴専門医を紹介してもらいました。

この時点で、聴力損失は、左65dB、右70dBほど。

これまでは左耳の方が悪く、右の方は良かったんですが、このめまいの時に急に右の耳が聞こえなくなってしまいました。右耳の聴力損失が30dBほど増えてしまいました。

左右の耳の聞こえ逆転です。



さすが、大学病院です、難聴の原因として耳硬化症という診断。アブミ骨を人工のものに置き換える手術(アブミ骨手術)をしました。

右耳のアブミ骨の1回目はあまり効果がなく、再手術をすることになりました。

再手術の結果もあまり思わしくなく、とりあえずそのまま、逆の左耳の手術をすることになりました。

まあ、こんな感じです。


漫画で日記

アブミ骨手術関連

その他

おいおいと、詳しいことは書いていきたいと思います。



【経過報告】アブミ骨手術3回目・11日目に詰め物を取りました

先日、左耳のアブミ骨手術を受けてから11日目。

止血のために耳の穴に詰めていた綿などを、やっと取ってもらいました。

実はこれで合計3回目の手術です。
ただし、右耳が2回、左耳は今回が初めて、という内訳です。

前回の記事では「2週間後に綿を取ったとき、どれくらい聞こえるかで決まる」と書いていました。
その、運命の瞬間が来た、という感じですね。

アブミ骨手術後、耳の詰め物をとりました


綿を取った直後、「うるさい」くらい聞こえた

詰め物を取ったのは、血が付いているものを抜いただけです。
閉塞していたものがなくなった、というだけなんですけれど。

聞こえは、明らかに良くなりました。

手術の前後を比べると、補聴器をそのままつけると「うるさい」と思うくらい、改善していると感じています。

まだ聴力検査はしていないので、客観的にどれくらい変わったかはわかりません。
次は2ヶ月後の経過観察で、聴力検査をして調べる予定です。


脈動性耳鳴り——左はほぼ解消、右はまだ続いている

手術後に左耳に加わった、心拍に合わせてズシン、ズシンと——映画の中で恐竜が歩いてくるような重い音は、ほぼ解消しました。

でも、今まで通りの耳鳴りが、右耳側で続いています。

心拍に合わせて、工事現場の杭打ち機がドカンと鳴るような音。もしくは、一斗缶をガンガン叩いているような音が、ガンガン響いている感じです。


手術直後の耳鳴りのイメージ


今の耳鳴りのイメージ(恐竜の足がなくなりました)

脈動性耳鳴りというのは、心拍が聞こえてしまうものです。
心拍モニターをずっとつけている感じなので、不整脈などで脈が飛ぶとすぐ気づいてしまって……正直、これだけは超気持ち悪いんですよね。

詰め物を取って聞こえが戻っても、右耳のほうは、まだ解消していません。


半年ぶり? ステレオで音楽が聞こえた

両耳で聞こえるようになったので、補聴器を通してですけれど、音楽をステレオで聴くことができました。

聞こえる方の耳の聴力が少し上がったこともあり、アプリで左側のボリュームを少し下げて、バランスを調整しています。

でも、聞こえに余裕が出たことはあるので。

音楽を聴いたとき、今までは声の大きな主旋律しか聞こえていなかったのですけれど、背景にこんなにたくさん音があるんだな、とまた気づきました。

半年ぶりのステレオ、ですね。


聴力検査、してほしい派です

手術後はしばらく経過が落ち着かないので、「そう頻繁に聴力検査をしても意味がないだろう」ということで、今の先生はあまり聴力検査をしません。

過剰検査をしない、というのは良い医者だと思うんですけど。

私的には、いっぱいデータを見たいから、してほしいな、という感じがします(笑)。

2ヶ月後も「どうする?」と聞かれたので、「検査しましょう」と言って、検査を入れてもらいました。


何より嬉しいのは、普通にお風呂に入れること

耳の詰め物を取って、何より嬉しいのは、普通にお風呂に入れることです。

いつもお風呂に入っていて感じることはないと思うのですが、普通は耳の中が濡れるなんてことはないので、普段は気にしなくていいんですよね。

しかし、耳の中に綿を詰めていれば、そこに水が付くと染み込んでいって、耳の奥にまで入っちゃうんです。

お風呂の水が奥まで染み込んで、傷口の上にあると嫌じゃないですか。

なので、濡らさないようにめちゃめちゃ厳重にテープを貼ったりして、防水してからお風呂に入っていましたけど。

それをしなくていいのが、めちゃめちゃ楽です。

綿を詰めていなければ、普通にお風呂に入る分には中が濡れることはほぼないですからね。
多少水がしっとりするので、綿棒で入り口付近だけ軽く拭うようにしています。


詰め物をしていると、耳が蒸れる

季節はまだ夏真っ盛りではないんですけど、だんだん暑くなってきて。

詰め物をしていると耳がやはり蒸れるので、痒いんですよね。

詰め物の綿を取ったところで、耳の穴の中を掻くわけにはいかないんですけれど、通気が良くなると気持ちが良いです。
ありがたいことですね。


補聴器と過ごす夏の、いつもの戦い

でも、私の場合は起きている間は必ず補聴器をして生きているので、夏になるとやはり耳は蒸れます。

汗をかくような作業も、あまりしたくないです。
耳の中に汗をかくのが、はっきりわかります。

しょっちゅう補聴器を外して乾かして、耳の穴を乾かして、少しだけ綿棒などで拭いつつ、という過ごし方をする夏です。

補聴器をするのは、結構大変です。

冬は寒くて電池がヘタって聞こえなくなるし。
夏は蒸れて暑いし。

良いことはないんですけど、使わなきゃ音が聞こえなくて生きていけないので、仕方がなく使います。


これから

2ヶ月後の定期受診で、聴力検査の結果が出ます。
数字でどれくらい変わったか、楽しみにしています。

同じように耳のことで悩んでいる方がいたら、少しでも参考になればうれしいです。

※医療の内容は私個人の体験記です。治療方針は必ず医師にご相談ください。




2026年6月7日日曜日

左耳のアブミ骨手術を行いました

 先日、左耳のアブミ骨手術をしてきました。

実はこれで、合計3回目です。


右耳から始まった、長い道のり

まずは右耳を1回やりました。
経過が良くなくて、2回目をやった、という流れです。

一旦は良くなったんですけど、そのあと感音難聴が悪化して、右耳はほとんど聞こえなくなりました。
聴力損失は 95dB ぐらいまでいっています。

これくらい悪いと、補聴器をしても会話はほとんど成立しません。


左耳を手術することにした理由

そこで、まだマシな方の左耳をどうするか、検討しました。

「良い方」と言っても、聴力損失は 80dB ぐらいありますけどね。

検討のなかで、こんな不安もありました。
「こちらを手術して経過が悪くなったら、本当に両方聞こえなくなるのでは?」と。

ただ、このまま放置しても耳硬化症が悪化して難聴が進みそうだし、手術をしてもこれ以上悪くなる余地(悪くなり代)も少ない、という判断で、手術をすることにしました。

手術直後の今は、止血のために左耳に綿が詰められていて、補聴器も使えません。
この状態だと、本来はほとんど聞こえないはずです。

右耳に補聴器を入れているだけなので、会話が全く成立しないはず、という状況でした。


手術の1ヶ月前、テニス肘の話

手術の1ヶ月前、テニス肘が悪くて、近所のクリニックでトリガーポイント注射をしてもらいました。

トリガーポイント注射というのは、少量の麻酔を肘の痛い部分に注入して、痛みを和らげるものです。
そのクリニックでは、オプションで 500円 追加すると、炎症を抑えるステロイド剤(デカドロン)を入れてくれます。

私はステロイド剤に拒絶感がないので、「500円で入れて」とお願いしました。

肘の診断のときにレントゲンを撮ったところ、腱の一部が石灰化していると言われました。
腱の一部に石灰質がついて固まってしまう、という現象ですね。

耳硬化症も、アブミ骨の根元が硬化(石灰化)するものです。
「硬化(石灰化)」という言葉だけ見ると、なんだか似ている気がします。
実際の現象は、ちょっと違うらしいんですけどね。


ピップエレキバンを貼った、軽い気持ちの実験

テニス肘のところにピップエレキバン*を貼りました。
私、磁石がとても効くタイプなので、思い立って貼った、という感じです。

そのとき、「テニス肘にも効くんだから、同じ石灰化なんだから耳にも効くんじゃね?」なんて、軽い気持ちで思いまして(笑)、耳の根元にもピップエレキバンを貼ってみました。

2日後。

右耳が、補聴器を使えば会話できる程度に聞こえるようになっていたのです。

正直、信じられない話だと思います。

これまで、補聴器の起動音自体が、右耳では蚊のささやきのような小さな音にしか聞こえなかったのが、ちょいとうるさいぐらいになっています。

ピップエレキバンとステロイド剤を同時にやったので、「ステロイド剤の効果なのかな?」と感じました。
肘に局所注射したとはいえ、ステロイドが血流に乗って全身に回ることは考えられるので、そのせいで聴力が改善された、とも考えられます。

ただ、ステロイド剤の効果はだいたい2週間ぐらいで消える、と思っていたんです。
なぜか、現在もその改善効果が続いています。

*正確にはピップエレキバンではなくて、100均で買った強力なネオジウム磁石をテープで貼り付けました。

3週間後の悪化と、もう一度の検証

3週間ぐらい経ったところで、聴力が一旦、前のように悪くなりました。
「ステロイド剤の効果が消えたのか」と思いました。まあ、当然ですよね。

その頃にはピップエレキバンも、正直、面倒になって3日以上貼っていませんでした。

そこで「もしここで貼って聴力が改善したら、ステロイドじゃなくてピップエレキバンなんだな」などと、冗談半分で貼ってみました。

すると、朝起きると聴力が改善していたのです。

信じられない話なんですが、現在は手術後で、右耳も完全に聞こえているわけではないんですけど、かろうじてですが人と会話をすることができます


ステレオで音楽が聞こえた、半年ぶり

この謎の改善効果がなければ、どうなっていたか。

左耳はほとんど聞こえていないので、補聴器から音楽を入れても、ステレオには聞こえない日々が半年続いていました。

現実世界の音は、音の位置の推定ができる程度には役に立っていたような感じでしたけど、音楽を「ステレオ」という感じで楽しむことはできませんでした。

改善効果のあとは、右耳も左耳に近い程度に聞こえるので、なんとこの間、ステレオで音楽が楽しめました
半年ぶりの音楽、ですね。

奇跡的な結果を得た、という感じです。
現在は左耳の手術をして、その結果待ちです。

結果は、2週間後ぐらいに病院で止血用の綿を取ったとき、どれくらい聞こえるかで決まります。
楽しみにしています。


今の耳鳴りと、手術後の体調

ただ、今のところ耳鳴りが増えています。

今までは——

  • 右側:心拍に合わせて、工事用の杭打ち機がドカンと鳴る音。もしくは、一斗缶をガンガン叩いているような音
  • 左側:ジェット機の騒音のようなキーンという音

に加えて、今回手術した左耳には、心拍に合わせてズシン、ズシンと、映画の中で恐竜が歩いてくるような重い音が響いています。
耳鳴りの種類が、1つ増えた、という感じですね。

しんどいと思えばしんどいですが、それは仕方がないことだと思います。

脈動性耳鳴りというのは、心拍が聞こえてしまうものです。
心拍モニターをずっとつけている感じなので、不整脈などで脈が飛ぶとすぐに気づいてしまって、これだけは正直、超気持ち悪いんですよね。

今の耳鳴りのイメージ


麻酔覚醒時の吐き気

今回の手術では、麻酔が覚めたときに吐き気でかなり気分が悪くて、意識も少し錯乱してしまいました。
「この超気分悪いので死にたい」なんて、一瞬だけ思いました(笑)。

ただ、吐き気止めの点滴はすごいですね。
ほんの30分ほどで、この強烈な吐き気が止まって、その後は落ち着いて過ごすことができました。

耳は動かす場所ではないので、手術後の痛みはほとんど感じませんでした。
めまいや味覚障害、顔面神経麻痺といった後遺症も、今のところはありません。

吐き気の原因が、耳をいじったからなのか、鎮痛剤のフェンタニルなのかは、よくわかりません。
昔、鼻の手術をしたときにはフェンタニルを使っていなくて、麻酔が覚めるときは全く気分悪くなかったんですよね。

4コマ漫画はこの手術直後の苦しさを表しています。




入院スケジュール

参考までに今回の入院について。

入院は 3泊4日 でした。

  • 手術前日:入院、麻酔準備の管理など
  • 翌日:手術
  • 手術の翌日:抗生剤などの点滴
  • 手術の翌々日:退院

結果が出るまで、約2週間待つところです。
同じように耳のことで悩んでいる方がいたら、少しでも参考になればうれしいです。

※医療の内容は私個人の体験記です。治療方針は必ず医師にご相談ください。

2026年2月2日月曜日

ラーメン店での「空耳」と「孤独な集中」:ラジオ放送に翻弄された昼下がり

 こんにちは。重度の難聴とともに、日々をちょっとした「謎解き」のように過ごしている私の日記へようこそ。

先日、一人でふらりとラーメン屋さんに入った時のことです。 店内には程よい音量で音楽が流れていて、麺をすする音に混じって、穏やかな時間が流れていました。


ラジオのDJを緊急放送と聞き間違え

突如始まった「謎の演説」

ところが、ある瞬間に空気が一変しました。 それまで流れていた音楽が止まり、スピーカーから一人の男性の力強い声が響き渡ったのです。

私のような酷い難聴者にとって、**「音が鳴っていること(音知覚)」は分かっても、「何を話しているか(語音識別)」**を理解するのは至難の業です。男性はかなりの熱量で、何かを勢いよく捲し立てています。

(えっ、何? 誰かが怒鳴ってるの? それとも緊急事態?)

聞き取れない私にとって、その「分からない声」は、時に現実の風景を侵食するほど不気味で、重要なものに聞こえてしまいます。

周囲との温度差

私は思わず箸を止め、周囲を見渡しました。 厨房のスタッフさんたちは、相変わらず無言で手際よく麺を湯切りしています。 カウンターに並ぶ他のお客さんたちも、スマホを見たり、黙々とラーメンを食べたり、誰一人として顔を上げる人はいません。

(これだけ大きな声で何かが起きているのに、どうしてみんな平気なの?)

私は必死に、聞こえない耳をスピーカーの方へ傾け、残された聴力とこれまでの経験を総動員して「音の欠片」を拾い集めました。

謎解きの答えは、日常の中に

数分間の格闘の末、ようやく理解しました。 ……流れていたのは、**「ラジオ放送」**だったのです。

曲が終わって、パーソナリティの方が新曲の紹介か何かを熱く語っていただけ。 聞こえる人たちにとっては、ただの「日常のBGM」の一部。だから、誰もいちいち反応なんてしない。それが当たり前の光景だったのです。

「聞こえない」ということの、ささやかな苦労

正体が分かってしまえば、なんてことはない話です。 でも、ここまで耳が極度に悪いと、こうした日常の何気ない音の正体を突き止めるだけで、ものすごいエネルギーを使い、時には一人で勝手に「事件」に仕立て上げてしまうことがあります。

「どおりで、誰も反応しないわけね」

私は小さく苦笑いして、少し伸びてしまったラーメンを再び啜り始めました。 外から見れば静かな食事風景ですが、私の頭の中では、今日も小さな大冒険が繰り広げられているのでした。

ラジオのDJの語りを緊急放送と聞き間違える悲しさ


2026年1月18日日曜日

冬の朝、補聴器のご機嫌ななめを直した「意外な相棒」

 厳しい寒さが続く今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。 東京の冬は、夜寝る時に暖房を切ってしまうと、朝の冷え込みが体にこたえますよね。

実は、毎朝「布団から出たくない!」と凍えているのは、私だけではなかったようです。



補聴器だって、寒いのは苦手?

最近、朝起きて補聴器を耳につけると、どうも調子が悪いのです。 なんだか元気がないというか、ザラザラとしたノイズが混じるというか……。

例えるなら、電池が切れかかった古いラジオのような音。 音が途切れたり、かすれたり。 「あれ? 故障かな?」と不安になるほど、朝一番の補聴器は機嫌が悪かったのです。

原因は「寒さ」にありました

ふと、「これって、しっかり充電できていないのかも?」と思い当たり、取扱説明書を引っ張り出してみました。

すると、そこには驚きの事実が! **「周囲の温度が低いと、充電性能が低下する」**との記載があったのです。

私の部屋の室温は、充電が全くできないほどではないものの、性能がガクンと落ちる「不調ゾーン」に片足をつっこんでいたようです。補聴器も、寒さで震えていたのかもしれません。

解決策は「一緒に寝ること」!

そこで始めたのが、ちょっと変わった寒さ対策です。

  1. 100均で購入した小さなポーチを用意します。

  2. その中に充電器ごと補聴器を入れます

  3. そのまま、私と一緒に布団の中へ!

なぜポーチに入れるのかというと、私の補聴器の充電器にはロック機構がないからです。そのまま布団に入れると、寝返りを打った拍子に補聴器が放り出され、布団の中で「迷子のアドベンチャー」が始まってしまいますからね(笑)。出勤の朝にこれが起きればもう悲劇です。

毎朝、元気に「おはよう」

この「お布団作戦」を始めてからというもの、補聴器は朝から絶好調! 昨日までのノイズが嘘のように、クリアな音を届けてくれるようになりました。

人間も補聴器も、やっぱり温かいのが一番。 もし、冬の朝に補聴器の元気がなくて困っている方がいたら、ぜひ「一緒に寝る作戦」を試してみてください。(もちろん、ポーチに入れるのを忘れずに!)

これでまた一つ、冬の悩みが解決しました。 さあ、明日も元気に過ごしましょう。

充電のために、補聴器も夜間保温を



2026年1月12日月曜日

耳鳴りは「体調のセンサー」?早めの休息で完全復活!

こんばんは。 昨日は少し体調を崩しかけていたのですが、早めに休んだおかげで、今日はすっかり元気に復帰しました!

やっぱり「おかしいなと思ったらすぐ寝る」というのは、最高の養生ですね。

耳鳴りのおかけで体調不良を早期発見、早期回復


身体が教えてくれる「小さなサイン」

私は普段から耳鳴りがあり、自分の脈拍が常に耳元で聞こえているような状態です(拍動性耳鳴)。 実はこれ、不便なことばかりではありません。

昨日の昼食後、座ってリラックスしているはずなのに、「なんだかいつもより脈のテンポが速いな」と気づきました。

気になってスマートバンドで確認してみると、案の定、安静時なのに脈拍が上がっています。

矢印の部分、動いていないのに落ちない脈拍


私の経験上、風邪を引くときはいつもこのパターンなんです。

  1. まず脈拍が上がる

  2. だるさを感じ始める

  3. そのまま放置すると発熱する

「耳鳴り」が味方をしてくれた夜

自覚症状(だるさや熱っぽさ)が出る前に、耳鳴りを通じて「脈拍の変化」という初期サインに気づけるのは、ある種のリスク管理かもしれません。

「これはマズイ」と判断して、昨日は即座に布団に入りました。 結局、一晩でいつもの2日分にあたる10時間も泥のように眠りました。

今朝、スマートバンドの記録をチェックしてみると、夜中の午前2時半ごろには脈拍が正常値までスッと下がっていました。私の体が一生懸命、ウイルス(?)と戦って勝ってくれた証拠ですね。

矢印部分、寝ているのに高い脈拍。でも2時半頃には落ち着いてます。


悪いことばかりじゃない

普段は煩わしく感じることもある耳鳴りですが、今回ばかりは「優秀なセンサー」として役に立ってくれました。

「耳鳴りだって、たまにはいい仕事するじゃない」

そんな風に、自分の体とうまく付き合っていけたらいいなと思った一日でした。 皆さんも、冷え込む時期ですので、少しでも違和感があったら早めに休んでくださいね。 


脈拍の変化に早く気付ける、たまには耳鳴りも役に立ちます


2026年1月9日金曜日

聞こえない私の「聞く」を諦めた先にあるもの。〜優秀すぎます文字起こし機能〜

 最近、私は「聞くこと」を半分あきらめています。

耳の状態がここまで悪くなると、どれだけ神経を研ぎ澄ませて努力をしても、結局は空振りに終わることが多いからです。聞こえないことに抗うのをやめたら、少しだけ心が軽くなった気もしています。

とはいえ、生活をしていれば避けて通れないのが**「お店のカウンターでのコミュニケーション」**です。

スマホの文字起こし機能、優秀すぎます(笑)

「筆談」という申し訳なさ

耳が聞こえない私にとって、確実な手段は「筆談」です。 でも、これにはいつも心のどこかで「申し訳ないな」という気持ちがつきまといます。

私はもともと声が聞こえていた時期があるので、自分は「喋る」という楽な方法で伝えられます。一方で、相手にはわざわざ手を止めて「文字を書く」という大きな負担を強いてしまう。自分は楽をしているのに、相手にだけ苦労をかける。このアンバランスさが、結構ツラいものなのです。

救世主は、ポケットの中に

そんな私を助けてくれるのが、テクノロジーの力。愛用しているGoogle Pixelの音声文字入力機能です。

カウンターでスマホを差し出し、機能をオンにする。「耳が聞こえないので、これでお話ししてもいいですか?」と一言添えれば、相手の話したことがリアルタイムで画面に文字となって浮かび上がります。

大きめの文字設定にしておけば、読み取りもスムーズ。日本の皆さんは優しいので、こちらの状況を察して、なんとなくペースを合わせてくれることが多いのも本当にありがたいなと感じます。

優秀すぎて起こる「笑える落とし穴」

ただ、この便利な機能にも「落とし穴」があります。それは、この機能が優秀すぎること。

レジやカウンターって、当然ながら自分たち以外にもたくさんの人がいますよね。 私は相手が今喋っているのかどうかが判断できないので、画面に文字が出れば「あ、返事だ」と思って反応します。ところが、目の前の店員さんはポカンとした顔。「へ?」という空気になります。

そうです。隣のレジのお客さんの会話まで、私のスマホは完璧に拾い上げて文字にしてくれていたのです(笑)。 「あ、これ隣の人ですね!」なんて笑って済ませられることも多いですが、高性能すぎるのも考えものですね。

ポイントカードが「沈黙」を連れてくる

そして、最近一番「不便だな」と感じるのが、皮肉にも便利なはずの**「スマホのポイントカード」**です。

最近は何でもスマホ一台にまとまっていますが、支払い時にポイントカードの画面を出そうとすると、文字入力機能を一旦閉じなければなりません。

この瞬間に、せっかく繋がっていた言葉の橋がぷつりと切れて、私はまた「音のない不便な世界」に引き戻されます。 店員さんが何かを確認したそうな顔をしても、画面はポイントカード。何を言われているのか、もう分かりません。

「こういう時だけは、昔ながらの物理カードの方がいいな……」

そんな贅沢な悩みを感じる今日この頃です。 便利さと不便さの間を行ったり来たりしながら、今日も私はスマホを片手に、街の中へ出かけていきます。

スマホの文字起こし機能は便利ですよね



2026年1月4日日曜日

自動改札の「ピッ」が聞こえない不便と、Suicaへの忍耐

 お正月休みも今日で終わり。 明日からは新しい週、そして2026年の仕事始めですね。

仕事が始まるということは、あの「通勤ラッシュ」も戻ってくるということ。 毎朝、大量の人波に揉まれながら自動改札機を通り抜ける……。実は私にとって、この時間がちょっとしたストレスだったりします。

確認音が聞こえず、自動改札機の刑にあう女性



「音」が頼りにならないラッシュの攻防

一人で改札を通るときは、特に問題ありません。 でも、ラッシュ時は別です。

Suicaをかざしたときの「ピッ」という音。 私には、これが全く聞こえません。

もちろん、改札機の前方には残高や受付状態を表示する画面があります。 でも、人が次から次へと連続して通るラッシュ時って、前の人の残高が表示されたままで、自分の表示に更新されないことがよくあるんですよね。

「運任せ」で通り抜ける瞬間

音が聞こえず、表示も変わらない。 そんなとき、私は「たぶん、今ので反応したはず」と自分を信じて進むしかありません。

大抵の場合は、音が鳴っていて、ただ表示が追いついていないだけ。 改札機はちゃんと処理してくれていて、ドアも開いたままです。

でも、たまに……本当にたまに、タッチが認識されていないときがあるんです。

聞こえる人なら、「ピッ」と言わなかった瞬間に「あ、もう一回タッチしなきゃ」と立ち止まれますよね。でも、私にはそれができません。

「いつも通り、表示が遅れているだけだろう」と思って進もうとすると、目の前でガシャン!とドアが閉まる。 あの瞬間の申し訳なさと、後ろの人からの視線……。結構恥ずかしいですし、何より精神的にこたえます。

「Suicaのシステム、もう少しだけ視覚的に分かりやすく改善してくれないかな……」と、つい願ってしまいます。

クレカタッチの「遅さ」が逆にありがたい

ちなみに最近増えている、JR以外のクレカタッチ対応改札。 あれは元々の処理がゆっくりですよね。

しっかり立ち止まって、カードをかざして、LEDが「青」に変わるのを自分の目で確認してから進む。 あの「間」があるおかげで、クレカタッチの方は安心して通れています。

JR東日本さんも、いい加減にSuicaに固執せずに、クレカタッチにしなよ。

では、皆さん、今年も仕事始め頑張りましょうね。

表示が遅いSuica改札機、遅くてもなんとかなるクレカタッチ


2026年1月2日金曜日

【新年のご挨拶】自分らしく、明るく。今年の抱負と昨年の振り返り

皆様、あけましておめでとうございます! 旧年中はブログを覗いてくださり、本当にありがとうございました。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

あけましておめでとうございます


漫画で伝える「聞こえにくい日常」

今年も引き続き、耳が聞こえにくい人の日常や、日々のちょっとした体験談を、できる限り漫画やイラストを交えてお届けしていきたいと思っています。 「あるある!」と共感してもらえたり、聴覚障害について少しでも知っていただけるきっかけになれば嬉しいです。

昨年を振り返って:アブミ骨手術と今の体

昨年は私にとって、少し試練の年でもありました。 2回目となる**「アブミ骨手術」**を受けたのですが、残念ながら結果はあまり芳しいものではありませんでした。 手術による改善を期待していましたが、それ以上に感音難聴の方が進行してしまった、というのが今の正直な現状です。

正直、「これからどうなっていくんだろう」という不安がゼロではありません。 でも、どれだけ悩んでも、これは自分自身の体なんですよね。 自分の体に文句を言っても仕方がありませんし、どんな状況になったとしても、私らしく**明るく過ごしていこう!**と決めています。

今年の目標は「お気楽に、ストレスフリーに」

今年の切実な願いは、これ以上聴力を悪化させないこと。 そのために、今年は特に**「ストレスを溜めないこと」**を大切にしたいと思っています。

仕事もあまり気負いすぎず、できるだけ「お気楽」なスタンスを心がけて、心穏やかに過ごす1年にしたいです。無理せず、自分のペースを守っていこうと思います。


いつも読んでくださる皆様からの反応が、日々の励みになっています。 些細なことでも構いませんので、ぜひお気軽にコメントをいただけると幸いです!

2026年が、皆様にとっても穏やかで素敵な1年になりますように。

2025年12月30日火曜日

聴覚障害と夜行高速バス。静寂という特権と、隣り合わせの不便さ

 皆様は夜行高速バスをよく利用されますか? 私は、寝ている間に移動できる効率の良さから利用することがあります。もちろん飛行機が最も好きですが、バスも選択肢の一つです。

聴覚障害を持つ私にとって、夜行バスでの移動は独特の「環境」があります。

補聴器を外せば静かに寝られるけれど、トイレ休憩に気付けないのが難点ですね


どこでも静寂に浸れる「特権」

就寝時、私は補聴器を外します。充電のためでもありますが、一番の理由は紛失防止です。狭い車内で失くしてしまえば、それこそ悲劇ですから。

補聴器を外せば、私の耳は音を全く認識しなくなります。聞こえるのは慣れてしまった耳鳴りだけ。 実はこれ、一種の「特権」だと思っています。

耳栓をしなくても、補聴器を外すだけで、うるさい夜行バスだろうが飛行機だろうが、自宅の静かな寝室と全く同じ環境になります。どこでもスヤスヤと寝られるのは、この身体ならではの利点と言えるかもしれません。

常に付きまとう「緊張感」

しかし、音が聞こえないことは「情報の遮断」でもあります。車内アナウンスは一切聞こえません。

特に、早朝の途中バス停で降りる時はかなり気が張ります。通過してしまったら大変なことになるからです。スマートバンドの振動を目覚まし代わりに使って、周りに迷惑をかけずに起きる工夫はしていますが、「起きなければ」というプレッシャーで、案外寝られないことも多いのが実情です。

熟睡できるがゆえの欠点

また、あまりに静かに熟睡できてしまうため、途中のトイレ休憩にはまず気づけません。 そのため、必ず「トイレ付き」のバスを選ぶことが絶対条件になります。休憩に行けない不便さは、車両選びでカバーするしかありません。

安さがあるから、我慢できる

不便なことも多い夜行バスですが、身体障害者手帳による割引は非常にありがたいものです。 多くの路線で半額になり、東京〜大阪間なら5,000円ほどで移動できてしまいます。

この安さがあるからこそ、多少の不便やリスクも「仕方ない」と割り切って、我慢することができます。これからもスマートバンドなどの道具を駆使しながら、この「静かな移動手段」を活用していくつもりです。

聴覚障害者の夜行バス旅行、メリットとデメリット


2025年12月26日金曜日

アブミ骨手術、右耳を2回行った経過

私は「耳硬化症」という病気のため、これまでに右耳の「あぶみ骨手術」を2回受けました。1回目で思うような結果が出なかったため、再手術に踏み切ったという経緯です。

ネットでこの手術について調べると、「聴力の改善率は90%程度」という非常に高い数字をよく目にします。しかし、それはあくまで「伝音難聴」だけが原因の場合の話。

私の場合は「感音難聴」もそれなりに進んでいるため、最初から前提条件が違いました。補聴器が不要になるほどの劇的な改善は、最初から目標にはしていません。

再手術ということもあり、「良くなる確率は50%くらい」という見通しを納得した上で、手術に踏み切りました。

結果が良くなってなくても、それも想定内だから



「変わらない」という結果をどう捉えるか

結果として、2回の手術を経ても右耳の聴力は良くなりませんでした。

数字だけを見れば「失敗」に見えるかもしれませんが、私自身はそうは捉えていません。成功率が50%ということは、残りの50%は「良くならない」ということです。私はただ、想定の範囲内であった「良くならなかった方の半分」に入っただけ。そう解釈しています。

少なくとも、約1%の確率で発生すると言われる「グッシャー(Gusher)症候群」によって聴力を完全に失うような、明確なアクシデントが起きたわけではありません。それは一つの救いでもあります。


前向きに、次は左耳へ

耳硬化症は進行性の病気です。 たとえ聴力が上がらなかったとしても、手術によってこれ以上の進行を防ぐことができているのであれば、それだけでも「手術をした意味」は十分にあったと考えています。

悪いように考えても仕方がないですからね。

まずは右耳の2回の手術を終えた一つの区切りとして、この経過を受け止めています。実はまだ、手術をしていない左耳も控えています。

右耳の経験を踏まえつつ、次は左耳の手術に向き合っていく予定です。同じ病気で悩む方の参考になれば幸いです。

アブミ骨手術、右耳2回目までの経過



2025年12月25日木曜日

音が消えて気づいた「世界の輪郭」と、周りに合わせる努力の日々

私の耳が聞こえにくくなってから、しばらく経ちました。徐々に衰えてはいったものの、ある時ガクンと聴力が落ちた瞬間があり、その日を境に私の世界は一変しました。

そこで痛感したのは、**「この世の中は、音で気づくことを前提に作られている」**という事実です。

音が聞こえなくても頑張って生きる


自分の存在さえも「音」で確認していた

耳が悪くなってまず戸惑ったのは、自分自身の体の動きです。 服が擦れる音、どこかに手が触れる音、そして地面を叩く足音。私たちは無意識にそれらの音を聞くことで、自分の動きや歩調を確認しているのだと初めて気づきました。

音が聞こえなくなると、自分の体の感覚がどこか頼りなく、浮いているような気持ちになります。まるで自分が「忍者」にでもなったかのように、音もなく忍び足で歩いている感覚。自分の存在の輪郭までもが、音と共に消えてしまったかのようでした。

「普通」に歩くための、見えない努力

外を歩くときは、健聴者の方々が想像する以上に神経を研ぎ澄ませています。特に狭い生活道路は、私にとって戦場に近い緊張感があります。

最近のハイブリッド車やEVは本当に静かです。音を頼りにできない私にとって、彼らは背後から音もなく忍び寄る存在。だからこそ、私は**「あえて一方通行の道を、車と逆向きに歩く」**という工夫をしています。

前から来る車を目で確認し、相手の動きを予測する。 「普通に歩く」という当たり前の動作ひとつとっても、耳が聞こえる方と同じように安全に過ごすためには、こうした小さな、けれど欠かせない努力の積み重ねが必要なのです。

ルールとマナー、そして安全への願い

どれだけこちらが注意を払い、周りの流れに合わせようと努力していても、どうしても恐怖を感じることがあります。

特に最近目立つ「LUUP(電動キックボード)」には、強い憤りを感じることがあります。交通ルールを無視した走行、そして何より「気配」を感じさせない静かさで、すぐ横をすり抜けていく。 こちらがどれだけ周囲に気を配って「合わせよう」としていても、予測不能な動きをされると、防ぎようがないのです。

ひどいのになると接触した上に、謝るどころか悪態をつき罵声を浴びせるような人まで現れます。まあ幸いなことにその罵声には私の耳には届かないですけどね。

おわりに

音が消えた世界で生きることは、常に周囲の状況を読み解き、自分を適応させていくプロセスの連続です。

「周りに合わせるための努力」は、正直に言えば疲れることもあります。でも、そうして研ぎ澄まされた感覚で捉える世界も、また一つの現実です。

もし街中で、何度も後ろを振り返ったり、慎重に道を歩いている人を見かけたら、「見えないところで努力している誰か」がいるかもしれないと、心の片隅に留めておいてもらえたら幸いです。

耳が悪い人も結構苦労しています



2025年12月24日水曜日

【切実】補聴器をなくすということ。それは私にとって「音」を失うこと。

今日は、重度難聴の私にとって、日々の生活の中で最も恐れている「あるトラブル」についてお話ししたいと思います。

それは、補聴器を落とすこと、なくすこと、そして壊してしまうことです。

補聴器は必要不可欠なもの


「聞こえない」がもたらす情報からの遮断

私のように重度の難聴を抱えていると、補聴器がない世界は「必要な音がほぼ何も聞こえない」状態になります。単に音が遠くなるのではなく、社会や周囲の情報から切り離されてしまうような、そんな感覚です。

そのため、補聴器は私にとって単なる道具ではなく、生活を支える身体の一部、まさに「生活必需品」そのものなのです。

コンタクトレンズとの共通点と相違点

よく「補聴器をなくす不安」を説明するときに、コンタクトレンズに例えられることがあります。

コンタクトレンズを使っている方がレンズを落としたとき、視界がぼやける中で必死に床を這って探す姿を想像されるかもしれません。確かに「体の一部を失って困り果てる」という点ではよく似ています。

ただ、一つだけ大きな違いがあります。 それは、**「私には目が見えている」**ということです。

コンタクトの方は見えない中で手探りで探さなければなりませんが、私は目ははっきりと見えます。だから、物理的には見つけやすいはず……。ですが、実際の「探し方」の熱量は、おそらくコンタクトレンズを探すときよりも、ずっと凄まじいものになります。

「気合」の入り方が違う理由

なぜそこまで必死になるのか。それは、失うものの大きさが違うからです。

一般的に、ハードコンタクトレンズは1枚数万円ほどと言われています。それも十分高価なものですが、補聴器はその10倍以上の価格(数十万円)になることが珍しくありません。

高性能補聴器になると、両耳で、安いもので50万円、中間クラスで80万円、良いものは100万円を超えます。

もし紛失してしまったら、新しいものが手に入るまで、私は「音情報のない世界」で孤立して生活しなければならなくなります。なので、「高いから我慢しよう」なんて言っておられず、再購入は必須ですが、経済的なダメージは計り知れないくらい痛いです。

だからこそ、もし落としたことに気づいた瞬間、私の探し方は文字通り「マジ真剣」の気合が入ります。地面を凝視し、一歩一歩、心臓をバクバクさせながら探します。

なくした実体験は2度

 案外補聴器というのは落ちないものですが、これまでに2回落としたことがあります。

 1回目は、自転車に乗っていてマスクの位置を直したとき、マスクも耳にかけており補聴器も耳にかけているので、マスクの位置を直すのは天敵なんですよね。

 2回目は、ラスベガスの射撃場でレンタルのイヤーマフを外したとき。気がつけば補聴器の片方がありませんでした。自転車で落としたときはすぐに止まって必死になって今来た道を探し、20メートルぐらい後方で見つけることができました。射撃場のレンタルイヤーマフで無くした時は、射撃場の人によってレンタルイヤーマフを返却した箱の中のイヤーマフを全部ひっくり返す気で探しました。半分くらいのところで見つかりましたよ。

 どちらも心臓が凍るほど焦った気持ちがあります。皆さんも補聴器をなくさないように気をつけてくださいね。

補聴器をなくした2度の体験


おわりに

補聴器は、私たちが社会とつながるための大切な「架け橋」です。 高価で繊細なこの相棒を、これからも大切に扱っていかなければと、改めて自分に言い聞かせる毎日です。

2025年12月23日火曜日

音のない朝と、私の「命綱」について

 皆さんは毎朝、どのようにして目を覚ましていますか? 多くの方は、スマートフォンのアラーム音や、目覚まし時計の「ピピピ」という音で一日を始めるのではないでしょうか。

聴覚障害を持つ私にとって、朝の目覚めには少し特殊なハードルがあります。今日は、日常生活の中で「実は使えないもの」と、その不便さをどう補っているかについてお話ししようと思います。

ウェアラブルスマートバンドが目覚ましの命綱

枕元で鳴り響く音も、私には届かない

私は寝る時、補聴器を外します。物理的に耳のスイッチをオフにするような感覚で、周囲の音は一切聞こえなくなります。そのため、どんなに大きな音で鳴る目覚まし時計をセットしても、私を現実の世界へ引き戻してはくれません。

よく「振動タイプの目覚まし時計」という解決策が挙げられます。強力なバイブレーションで起こしてくれる機械ですが、これも意外と一筋縄ではいきません。枕の下に置いていても、寝返りを打って位置がずれてしまうと、もう効果がなくなってしまうからです。

腕に伝わる小さな振動が「命綱」

今の私にとって、本当の意味での目覚まし時計——いわば「命綱」となっているのは、スマートウォッチやリストバンドの振動機能です。

手首に直接巻き付いているので、寝相が悪くても場所がずれることはありません。この小さな振動だけが、唯一確実に私を朝へ連れ出してくれる手段です。

「もしも」に備える、ホテルでの習慣

ただ、どうしても拭えない不安もあります。それは「寝ている時の火災報知器」です。

特にビジネスホテルのシングルルームなどに一人で泊まっているとき。もし深夜に火災が起きて警報が鳴り響いても、補聴器を外している私には全く聞こえません。「きっと火事になったら逃げ遅れてしまうのだろうな」という不安が、常に頭の片隅にあります。

そのため、宿泊する際にはできる限りの自衛策として、**「可能な限り下層階のお部屋を」**とリクエストするようにしています。万が一の際、少しでも早く外へ避難できるようにとの思いからです。

寝ているときの工夫



音という情報が遮断された世界で、安全を確保しながら過ごすには工夫が欠かせません。「音」が前提の社会の中で、どうすればもっと安心して眠れるようになるのか。そんなことを考えながら、今日もリストバンドを腕に巻いて眠りにつきます。

この記事を通して、当たり前だと思われている「音」の役割について、少しでも想像を広げていただけたら嬉しいです。

2025年12月22日月曜日

宅配便さん、ごめんなさい。――「待っている」のに聞こえない、私の葛藤

 今日も玄関のドアを開けると、足元にハラリと落ちる一枚の紙。 おなじみの「不在連絡票」です。

時刻を確認すると、つい30分前。 その時、私はリビングで本を読んでいました。 ちゃんと起きていたし、家の中で活動していた時間です。

負い目を感じる必要はないのかもしれませんが、聴覚障害があるため、静かな部屋の中で鳴り響いているはずの「ピンポーン」という音が、私の世界には届かないのです。

聴覚障害者は、通販の受け取りに結構困ってます


「できること」は全部やっているけれど

もちろん、何の対策もしていないわけではありません。 コンビニ受け取りや、PUDOステーションなどの宅配ロッカーが選べる時は、必ずそちらを指定します。クロネコメンバーズなどのサービスで事前に配達予定が分かれば、その時間はインターホン付近で神経を研ぎ澄ませたり、手元の通知をこまめにチェックしたりしています。

けれど、世の中のすべての荷物が「置き配」や「ロッカー受け取り」に対応しているわけではありません。 発送元が指定を許していなかったり、代金引換や貴重品、あるいはサイズの問題で、どうしても「対面での受け取り」が避けられない場合があります。

「この時間に届く」と分かっていても、ふとした瞬間に視線を外してしまったり、家事をしていて手元の振動に気づかなかったり。 そうしてドアを開けた瞬間に不在票を見つけると、胸がキュッとなります。

あの「暴言不在票」に感じたこと

以前、ネットで悲しいニュースが話題になりました。 耳の聞こえない方の家の不在票に、配達員が「ツ●ボだから不在(※実際は伏せ字なし)」と心ない言葉を書き残したという事件です。

もちろん、差別的な言葉は許されることではありません。 でも、私はそのニュースを見た時、怒りよりも先に「配達員さんの気持ちも、分からないではないな……」と思ってしまったのです。

重い荷物を抱えて、階段を上がって、チャイムを鳴らして。 「家の中に気配はするのに、何度鳴らしても出てこない」 そんな状況が続けば、人間だもの、イライラしてしまうこともあるでしょう。 その苛立ちをぶつけさせてしまうほど、私は彼らの仕事を邪魔してしまっているのではないか。 そう思うと、申し訳なさが募ります。

ただ聴覚障害者も悪気はないのですよ。だって自分が注文したものだから、自分自身が早く受け取りたいと思うじゃないですか。わざと居留守を使っているわけではないのですよ。

「居るのに出ていけない」ことが、一番申し訳ない

結局、問題は「居留守だと思われること」ではないのかもしれません。 むしろ、「家にいるのが分かっているのに、届いたことに気づけない」ことこそが、お互いにとって一番のストレスなんだと感じます。

「電気もついている、物音もする。それなのに、なぜ出てこないのか?」 そう思わせてしまうのが、本当に心苦しいのです。 わざと無視しているわけではない、あなたを待っていた。 でも、どれだけ意識していても、「音」という唯一の通知手段が私には届かない。

宅配業界の皆さんが、日々どれほど過酷な労働環境で働いているかは理解しているつもりです。 だからこそ、この「気づけない」という物理的な壁が、もどかしくて、申し訳なくてたまりません。

発送元にも考えてほしいこと

正直なところ、発送元で配達日時がしっかり指定できれば、こうしたすれ違いのほとんどは防げるはずです。 お店側にとっては手間のかかる作業かもしれませんが、それも商売の一部ではないでしょうか。届く時間がわかっていれば、私もそれなりの準備をして待つことができます。

最近では、あまりに日時指定が不自由な店だと「ここでは買うのをやめようかな」と自衛策を考えることさえあります。

「発送元、配達員、受け取り手」。 この三者のバランスがもっとうまく取れて、誰にとっても負担のない受け取り方が当たり前になればいいな。 そんなことを願いながら、今日も私は再配達の依頼ボタンを申し訳ない気持ちで押しています。

宅配便の配達員さん、いつも本当にありがとうございます。 そして、今日も気づけなくて、本当にごめんなさい。


家に居るけど気付けない、配達。私だって受け取りたい


2025年12月21日日曜日

補聴器を外せば「静寂」が訪れる、という誤解について

 「耳が聞こえにくいなら、補聴器を外せば静かになってぐっすり眠れるんでしょ?」

時々、そんな風に聞かれることがあります。 確かに、外からの音を遮断するという意味では、そう思うのも無理はありません。

でも、現実に訪れるのは、そんな穏やかな世界ではありません。 私の耳から補聴器を外した瞬間に広がるのは、「草原のような穏やかな静けさ」ではないのです。

重度難聴な人って、補聴器外しても静かじゃないんですよ


耳の中の「ジェット機」と「鉄道の高架下」

補聴器を外した私の世界は、静かどころか、むしろ「激しい騒音」に包まれています。

いわゆる「耳鳴り」なのですが、その音量は想像を絶するものです。 例えるなら、鉄道の高架下に立っているような、あるいはジェット機のエンジン音が間近で鳴り響いているような、そんな凄まじい爆音です。

そこに「工事現場の杭打機のような音」のような響きがガンガンと加わります。 何も聞こえないのではなく、耳の中だけで鳴り続ける止まない嵐。それが、補聴器を使っていないときの私の日常の正体です。

騒音の中でも、何とか外の音を聴くために

そんな騒音だらけの世界の中でも、何とか外の音を聴くために、私は補聴器をつけます。

補聴器をつけるとどうなるか。 耳の中の騒音が消えるわけではありません。

補聴器を通して入ってくる「外の音」が、耳の中で鳴り響く「内なる騒音」に打ち勝つことで、ようやく私の元に届くのです。 正確には、内側の音に負けないくらいの音量で、外の世界の音(人の声や街の音)を届けてくれている。そんな感覚です。

皮肉な話ですが、補聴器をつけて初めて、私は内側の激しい騒音の中で戦いながら、なんとか外の音を識別し、世界とつながることができるのです。

誰にも見えない「音の戦い」

「補聴器を外すと何も聞こえないんだから、静かでいいね」

そんな風に言われるような環境でも、私の頭の中では常に激しい音の戦いが行われています。

もし、あなたの周りに難聴の方がいて、ふと疲れた表情をしていたら。 それはもしかしたら、外からの音を聴く努力だけでなく、内側の激しい騒音と戦い続けているからかもしれません。

「聞こえない」ということは「静か」と同義ではない。 この少し不思議で、けれど切実な私の日常が、誰かの理解のきっかけになれば嬉しいです。


補聴器を外しても「静か」じゃないのよ


2025年12月20日土曜日

駅のアナウンスマラソン、スタートし損ねた私。

 日本の鉄道は運行時刻が正確ですが、それでもたまに遅延は発生します。大きな駅では、放送一つで大勢の人が一斉に動き出す「民族大移動」のような光景が日常茶飯事です。

鉄道の遅延情報は、空港の丁寧な案内とは違います。放送すればそれっきり。基本的には音声のみで、わざわざ文字情報がセットで流れることはありません。このあたりは、もう「諦めるしかない」と割り切っています。

駅の構内放送マラソンと私


駅構内でマラソンか? 一斉スタート?

今日も、私が向かおうとするホームを目指して、大勢の人が一斉に走り出しました。まるでマラソンのスタートです。今日は皆さん、かなり気合が入っています。そういえば相変わらず、私には聞き取ることのできない構内放送が「モゴモゴ」と響いていました。放送が聞こえないこと自体はもう気にも留めていませんが、このマラソンの行き先が自分の乗るホームだったことだけは、少し気がかりでした。

行き着く先には・・・

ホームに辿り着いてようやく判明したのは、向かいのホームで「接続待ち」をしている電車へ人々がなだれ込んでいた、だけ。私が乗るのは反対向きのローカル線。必死に走る必要なんてどこにもありませんでした。いやぁ、つられて走らなくて良かったです。

安いんだから文句言っちゃだめだよねぇ

鉄道は、ほぼ構内放送だけなんだよねぇ

結局のところ、鉄道は飛行機よりもずっと身近で、何より「安い」乗り物です。一回あたりの利用額が低い私たちに対して、いちいちコストをかけて文字情報まで用意してほしい、なんて贅沢を言っても仕方がありません。

「高いチケット代を払う飛行機ならいざ知らず、安い電車なんだから、これくらいの不便(情報格差)はセットで付いてくるものなんだよね」

そんな風に、価格相応の不自由さをまるっと飲み込んで、静かなローカル線に揺られることにしました。

そーいえば、鉄道って障害者割引も少ないですけどねぇ。

2025年12月19日金曜日

見えない障害と「虫」の境界線?——聴覚障害者の独り言

 こんにちは。 今日は、ふと思った「目に見える不自由」と「目に見えない不自由」の違いについて、少し綴ってみたいと思います。

見えないものは忘れられ易い。自己主張はこのときだけ


「見えないもの」は忘れ去られる

例えば、松葉杖をついている人が目の前にいたら、誰だって「あ、足が不自由なんだな」とすぐに分かりますよね。よほど意地悪な人でもない限り、自然と道を譲ったり、ドアを開けたりといった「いたわり」の行動が生まれます。それは、不自由さが常に視覚に入っているからです。

ところが、聴覚障害はそうはいきません。 黙っていれば、周りが気づくことはまずありません。

特に私のように、普通に話し、会議をこなし、プレゼンまで大好きなタイプだと、相手は私が「聞こえにくい」という事実を、ものの数分で忘れてしまいます。

質疑応答は、いつだって真剣勝負

プレゼンが終われば、容赦ない質問の嵐が飛んできます。 私は相手の応答を聞き取るために、普通の人の3倍近いエネルギーを注いで集中します。必死に言葉を拾い、きっちりと言葉を返す。

そうやってスムーズにやり取りが続いてしまうからこそ、相手はますます「この人は聞こえているんだ」と誤解(?)し、さらに容赦ないスピードで言葉をぶつけてくる……というループに陥ります。

私くらいの「強者」になれば、 「聴覚障害者なんだから、もうちょっと優しくしてくださいよ〜」 なんて冗談めかして言えちゃいますが、これが言えずに一人で抱え込んでしまう人は、きっと相当しんどいだろうな、と思うのです。

熊、昆虫、そして「聞こえない私」

人間って、結局「目に見えるもの」に対しては優しくなれるけれど、見えなくなった途端に意識の外へ追いやってしまう生き物なのかもしれません。

極端な話、環境保護だってそうです。

  • 熊: デカくて見えるから「保護しよう!」となる。

  • 昆虫: 小さくなると、保護する気が失せてくる。

  • 蚊や例の黒い害虫: 見えたら最後、駆除・絶滅の対象。

  • ウイルス: もはや見えないので、徹底的に排除したい。

「目に見えるかどうか」が、人間の判断基準にこれほど影響しているとしたら……。 常に認識してもらえる車椅子や松葉杖に比べて、忘れ去られがちな聴覚障害は、このヒエラルキーでいうと「虫以下」の位置にいるのかもしれません(笑)。

見えないものは忘れられやすいのが現実


それでも、ちゃっかり生きる

かといって、「私は耳が不自由なんです!」と常にアピールして優しさを引き出すのも、なんだか図々しい気がして、普段は黙っています。

あ、でも、一つだけ例外が。 バスに乗る時だけは、サッと「障害者手帳」を提示します。

だって、運賃が半額になりますからね。 目に見えない不自由さを抱えている分、使えるメリットはちゃっかり使う。 「マネー」はいつだって大切ですから!

2025年12月18日木曜日

【経過報告】アブミ骨手術・第2ラウンド!2回目の手術から5ヶ月後まで

こんにちは。 今回は、2025年7月に行った「右耳・2回目」のアブミ骨手術について、その後の経過をシェアしたいと思います。ちょっと長くなりますが、これから手術を考えている方や、同じ悩みを持つ方の参考になれば嬉しいです!

2回目の手術から5ヶ月後まで


手術は「寝ている間」に終了!…でも意外な伏兵が?

今回も前回同様、前日から5日間の入院コースでした。 手術自体は全身麻酔なので、文字通り「寝ているだけ」で終わります。耳の痛みやめまいも特になく、経過はとってもスムーズ。

ただ、想定外だったのが手術後の「尿道カテーテル」です。これによる痛みが2日間ほど続き、今回一番の試練は耳ではなく、まさかの「そこ」でした(笑)。

先生の神対応と、綿を抜いた瞬間の感動

今回、主治医の先生が交代されたのですが、とてもベテランの頼もしい方でした。 「アブミ骨の基礎をレーザーで整え、骨の隙間もベストな形に再形成しました」とのことで、術後の説明もバッチリ。

そして退院から1週間後。耳に詰めていた綿を抜く「運命の瞬間」がやってきます。 抜いた直後から、「あ、明らかに音が大きい!」と実感。補聴器の調整でも音量を10デシベル下げることができ、数字以上の大きな進歩を感じて「おお、これぞ成功だ!」とめっちゃ嬉しかったです。

ストレスは「聞こえ」の天敵

ところが……世の中そう甘くはありません。 術後の3ヶ月間、仕事が「ストレスMAX」な状態に。すると、せっかく改善した聴力が、自分でも自覚できるほど急落してしまったのです。

5ヶ月後の検診では、右耳の聴力損失が90デシベルを超えていました。「2回の手術をしたけれど、実態としてはあまり改善していない」「元の木阿弥」という、ちょっぴり残念な結果に。 お医者様も「なぜこんなに……」と首を傾げていましたが、心の中では「いやぁ、あのストレスMAXのお仕事でしたからね、もう労災だね」と確信しています(笑)。

障害等級と「聞こえ」のリアル

ここで少し、聴力と等級のお話を。 私の現在の「4級」は、補聴器を使ってなんとかコミュニケーションが取れるギリギリのラインで、日常生活にも不便を感じます。

聞こえない右耳の「聴力損失90デシベル」とは、補聴器を使っても音が情報として入ってきません。音があるかないか、やっとわかる程度です。両耳がこの状態になると「身体障害者3級」になりますが、そうなると補聴器を使ってもほぼ聞こえず、生活はかなり厳しくなります。

よく、80代くらいの方が「耳が遠くなった」とおっしゃいますが、その多くは30デシベル程度の損失です。私は補聴器をフルパワーで使って、ようやくその方々と同じレベル。「聞こえる」ことの懐かしさを、しみじみと感じることもあります。

目指せ、トータル3回目の手術!

右耳の結果を受けて、先生からは「左耳の手術を勧めるのは難しいかも……」というお話もありました。でも、耳硬化症は進行性の病気。放置すれば悪くなる一方です。

それなら、やってみる価値はあるはず! 「悪くても現状維持、良ければラッキー。期待値はプラスだ」とポジティブに捉え、左耳の手術もお願いすることにしました。先生も私のこの前向きな姿勢に、少し驚きつつ感心してくれました。

アブミ骨手術、2回目の手術から5ヶ月後まで


次回、6月に決戦!

手術の予約はなんと8ヶ月先まで満杯でしたが、先生が調整してくださり、来年6月に「トータル3回目(左耳は初)」の手術が決まりました。

術後の約2週間は、今よりもさらに聞こえない「静寂の期間」を体験することになりそうですが、それもまた貴重な経験だと思って楽しんで(?)みようと思います。 「悪く考えても、何も改善しないもんね!」

今後の経過もお楽しみに。


2025年12月17日水曜日

【5コマ漫画】聞こえないってこういうこと。補聴器ユーザーが「実は困っている」5つの瞬間

 今日は、以前作成したキャラクターを使って、私の日常にある「聴覚障害(補聴器ユーザー)あるある」を5コマ漫画にしてみました。 一見普通に生活しているように見えても、実はこんなシチュエーションで困っているんです。

まずは、AIに描いてもらったこちらの漫画をご覧ください。

難聴の私が嫌う5大シュチュエーション



漫画で描いた「苦手なもの」ワースト5

この漫画を描くにあたって、私が特に「これが辛い!」と感じている5つの場面をピックアップしました。

1. 公衆浴場、ビーチ、プール

理由:補聴器を外さなきゃいけないから 水場では補聴器が故障する原因になるため、どうしても外さなければなりません。外した瞬間、そこは「無音の世界」。周りの楽しそうな笑い声も聞こえなくなり、自分だけ切り離されたような孤独感を感じてしまう場所でもあります。

2. 大きな部屋での会議

理由:話者が遠くなるので聞こえにくいから 広い会議室は音が拡散してしまいます。話している人との距離が遠くなると、補聴器をしていても声がぼやけてしまい、内容を聞き取るのが非常に困難になります。マイクの使用をお願いしたいです。

3. ひそひそ話、内緒話をする人

理由:声の音量を下げるから聞こえません 「ここだけの話…」と声を潜められると、単純に音量が下がるため、私の耳には届かなくなります。内緒話を共有できないのは、ちょっと寂しいものです。

4. 高級レストランなど

理由:マナーとして声を絞るため聞こえません 雰囲気の良いお店ほど、静かに話すのがマナーですよね。その「上品な話し声」が、実は一番の天敵。ガヤガヤした居酒屋も大変ですが、静寂の中でのボソボソ声もまた、聞き取りを阻む壁なのです。

5. 要点をまとめずに長々と喋る人

理由:集中力の限界 これが一番の悩みかもしれません。 聞こえにくい音を脳内で補完しながら聞く作業は、ものすごい集中力を使います。ダラダラと長い話をされると、聞いているだけで脳が疲弊してしまうのです。


【補足】誤解しないでほしい「2つのこと」

苦手な場面を紹介しましたが、ここで少し補足させてください。「静かな場所」や「長い話」がすべてダメなわけではないんです。

① 図書館は大好きです 「高級レストランが苦手なら、図書館もダメなの?」と思われるかもしれませんが、図書館は全く苦になりません。 なぜなら、そこは「話をしない場所」だから。人の話を聞き取る必要がない静寂は、むしろ心安らぐ空間です。私が困るのは「静かな環境で、小さな声を聞き取らなければならない時」なのです。

② 「聞き流していい話」なら長くても平気 長話がすべて苦手なわけではありません。雑談や世間話など、「へー、そうなんだ」と聞き流して良い内容なら、いくら長くても大丈夫。 聞こえない部分は適当にスルーすることには慣れています(笑)。

本当に大変なのは、「真剣に聞かなくてはいけないこと(仕事の指示など)」を、要点を得ずに長々と喋られること。 一言一句漏らさず聞き取ろうと神経を研ぎ澄ませている時に、ゴールが見えない話をされると、あっという間にHP(集中力)がゼロになってしまいます。


難聴な人が苦手なことまとめ


【結び】
もし、あなたの周りに補聴器を使っている人がいて、会議や食事の席で難しそうな顔をしていたら、「あ、いま集中して音を拾おうと頑張っているんだな」と思い出してもらえると嬉しいです。