こんにちは。重度の難聴とともに、日々をちょっとした「謎解き」のように過ごしている私の日記へようこそ。
先日、一人でふらりとラーメン屋さんに入った時のことです。 店内には程よい音量で音楽が流れていて、麺をすする音に混じって、穏やかな時間が流れていました。
| ラジオのDJを緊急放送と聞き間違え |
突如始まった「謎の演説」
ところが、ある瞬間に空気が一変しました。 それまで流れていた音楽が止まり、スピーカーから一人の男性の力強い声が響き渡ったのです。
私のような酷い難聴者にとって、**「音が鳴っていること(音知覚)」は分かっても、「何を話しているか(語音識別)」**を理解するのは至難の業です。男性はかなりの熱量で、何かを勢いよく捲し立てています。
(えっ、何? 誰かが怒鳴ってるの? それとも緊急事態?)
聞き取れない私にとって、その「分からない声」は、時に現実の風景を侵食するほど不気味で、重要なものに聞こえてしまいます。
周囲との温度差
私は思わず箸を止め、周囲を見渡しました。 厨房のスタッフさんたちは、相変わらず無言で手際よく麺を湯切りしています。 カウンターに並ぶ他のお客さんたちも、スマホを見たり、黙々とラーメンを食べたり、誰一人として顔を上げる人はいません。
(これだけ大きな声で何かが起きているのに、どうしてみんな平気なの?)
私は必死に、聞こえない耳をスピーカーの方へ傾け、残された聴力とこれまでの経験を総動員して「音の欠片」を拾い集めました。
謎解きの答えは、日常の中に
数分間の格闘の末、ようやく理解しました。 ……流れていたのは、**「ラジオ放送」**だったのです。
曲が終わって、パーソナリティの方が新曲の紹介か何かを熱く語っていただけ。 聞こえる人たちにとっては、ただの「日常のBGM」の一部。だから、誰もいちいち反応なんてしない。それが当たり前の光景だったのです。
「聞こえない」ということの、ささやかな苦労
正体が分かってしまえば、なんてことはない話です。 でも、ここまで耳が極度に悪いと、こうした日常の何気ない音の正体を突き止めるだけで、ものすごいエネルギーを使い、時には一人で勝手に「事件」に仕立て上げてしまうことがあります。
「どおりで、誰も反応しないわけね」
私は小さく苦笑いして、少し伸びてしまったラーメンを再び啜り始めました。 外から見れば静かな食事風景ですが、私の頭の中では、今日も小さな大冒険が繰り広げられているのでした。
| ラジオのDJの語りを緊急放送と聞き間違える悲しさ |