今日も玄関のドアを開けると、足元にハラリと落ちる一枚の紙。 おなじみの「不在連絡票」です。
時刻を確認すると、つい30分前。 その時、私はリビングで本を読んでいました。 ちゃんと起きていたし、家の中で活動していた時間です。
負い目を感じる必要はないのかもしれませんが、聴覚障害があるため、静かな部屋の中で鳴り響いているはずの「ピンポーン」という音が、私の世界には届かないのです。
| 聴覚障害者は、通販の受け取りに結構困ってます |
「できること」は全部やっているけれど
もちろん、何の対策もしていないわけではありません。 コンビニ受け取りや、PUDOステーションなどの宅配ロッカーが選べる時は、必ずそちらを指定します。クロネコメンバーズなどのサービスで事前に配達予定が分かれば、その時間はインターホン付近で神経を研ぎ澄ませたり、手元の通知をこまめにチェックしたりしています。
けれど、世の中のすべての荷物が「置き配」や「ロッカー受け取り」に対応しているわけではありません。 発送元が指定を許していなかったり、代金引換や貴重品、あるいはサイズの問題で、どうしても「対面での受け取り」が避けられない場合があります。
「この時間に届く」と分かっていても、ふとした瞬間に視線を外してしまったり、家事をしていて手元の振動に気づかなかったり。 そうしてドアを開けた瞬間に不在票を見つけると、胸がキュッとなります。
あの「暴言不在票」に感じたこと
以前、ネットで悲しいニュースが話題になりました。 耳の聞こえない方の家の不在票に、配達員が「ツ●ボだから不在(※実際は伏せ字なし)」と心ない言葉を書き残したという事件です。
もちろん、差別的な言葉は許されることではありません。 でも、私はそのニュースを見た時、怒りよりも先に「配達員さんの気持ちも、分からないではないな……」と思ってしまったのです。
重い荷物を抱えて、階段を上がって、チャイムを鳴らして。 「家の中に気配はするのに、何度鳴らしても出てこない」 そんな状況が続けば、人間だもの、イライラしてしまうこともあるでしょう。 その苛立ちをぶつけさせてしまうほど、私は彼らの仕事を邪魔してしまっているのではないか。 そう思うと、申し訳なさが募ります。
ただ聴覚障害者も悪気はないのですよ。だって自分が注文したものだから、自分自身が早く受け取りたいと思うじゃないですか。わざと居留守を使っているわけではないのですよ。
「居るのに出ていけない」ことが、一番申し訳ない
結局、問題は「居留守だと思われること」ではないのかもしれません。 むしろ、「家にいるのが分かっているのに、届いたことに気づけない」ことこそが、お互いにとって一番のストレスなんだと感じます。
「電気もついている、物音もする。それなのに、なぜ出てこないのか?」 そう思わせてしまうのが、本当に心苦しいのです。 わざと無視しているわけではない、あなたを待っていた。 でも、どれだけ意識していても、「音」という唯一の通知手段が私には届かない。
宅配業界の皆さんが、日々どれほど過酷な労働環境で働いているかは理解しているつもりです。 だからこそ、この「気づけない」という物理的な壁が、もどかしくて、申し訳なくてたまりません。
発送元にも考えてほしいこと
正直なところ、発送元で配達日時がしっかり指定できれば、こうしたすれ違いのほとんどは防げるはずです。 お店側にとっては手間のかかる作業かもしれませんが、それも商売の一部ではないでしょうか。届く時間がわかっていれば、私もそれなりの準備をして待つことができます。
最近では、あまりに日時指定が不自由な店だと「ここでは買うのをやめようかな」と自衛策を考えることさえあります。
「発送元、配達員、受け取り手」。 この三者のバランスがもっとうまく取れて、誰にとっても負担のない受け取り方が当たり前になればいいな。 そんなことを願いながら、今日も私は再配達の依頼ボタンを申し訳ない気持ちで押しています。
宅配便の配達員さん、いつも本当にありがとうございます。 そして、今日も気づけなくて、本当にごめんなさい。
| 家に居るけど気付けない、配達。私だって受け取りたい |
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