ブログ説明

ひどい耳鳴りのためTRT療法を体験
その後、難聴は進行して、ほぼ聞こえず。でも耳鳴りだけは聞こえる(笑)
アブミ骨手術ができるということで、その体験談も書きます。

2025年12月14日日曜日

【難聴者の日常】名前を呼ばれても聞こえない…クリニックの待合室で私が挑む「孤独なギャンブル」

 大きな総合病院に行くと、ホッとすることがあります。 それは、待合室に「受付番号」が表示される大きなモニターがあるから。 「ああ、自分の番が視覚的にわかる」 たったそれだけのことで、私たち難聴者は、本を読んだりスマホを見たりして、安心して順番を待つことができます。

しかし、街の小さなクリニックとなると話は別です。 そこにはモニターもなければ、番号表示もありません。頼りになるのは、受付のスタッフさんが呼ぶ「声」だけ。これが私にとって、診察そのものよりも緊張する「試練の時間」の始まりなのです。


呼び出し時の苦悩


◆ 補聴器をしていても「3メートル」が限界

「補聴器をつけているんだから、聞こえるんでしょ?」 そう思われることも多いのですが、実はそう単純ではありません。私のような重度難聴の場合、補聴器を使って会話が成立する「有効距離」は、せいぜい3メートル程度。 広い待合室の端っこに座っていて、遠くの受付から名前を呼ばれても、それは空気の振動にすぎず、意味のある言葉としては届かないのです。

もちろん、神経を研ぎ澄ませて、ウサギのように耳を立てていれば聞き取れることもあります。でも、いつ呼ばれるかわからない待ち時間の間、何十分も極限の集中力を維持し続けるのは不可能です。 その結果、私は「音」ではなく、待合室の「空気」を読んで行動することになります。

◆ 待合室で発生する「3つのパターン」

名前が聞こえない私が、どうやって自分が呼ばれたと判断するのか。それはもう、一種の「賭け(ギャンブル)」です。長年の経験から、以下の3つのパターンに分類されることがわかりました。

【パターン1:フライングの恥】 受付の方が何かを叫んだ気配がする。 反射的に腰を浮かす私。と同時に、視界の隅で別の誰かも立ち上がる。 ……あ、これは私じゃないな。 そう察してすごすごと座り直すパターン。これはまだ傷が浅くて済みます。「足が痺れたから体勢を変えただけですよ」という顔で誤魔化せるからです。

【パターン2:沈黙の正解】 受付の声がする。しかし、待合室の誰も動かない。誰も反応しない。 この「沈黙」こそが、私への合図である可能性が高いのです。 「誰も行かないなら、私か?」 そう思って受付に行くと、正解。無事に診察室へ。これが理想的な展開です。

【パターン3:最もバツが悪い敗北】 問題なのはこれです。 パターン2と同じく、声がしたのに誰も動かない。「お、これは私だな!」と自信満々で受付へ歩み寄ります。 「私、呼ばれましたか?」 そう尋ねた私に対し、受付の方が冷ややかな視線で一言。 「いえ、別の方(今ここにいない人)を呼んだだけです」

……この瞬間の「やっちまった」感といったら! 背中に突き刺さる待合室中の視線。「自分の名前もわからないのか」と思われているのではないかという被害妄想。すごすごと席に戻る足取りの重さ。 ただでさえ聞こえなくて不安な中で、この「冷たい対応」を引いてしまった時のダメージは計り知れません。

◆ 「勘」で動かざるを得ない現実

笑い話のように聞こえるかもしれませんが、これは割と切実な悩みです。 「聞こえないなら、受付の近くに座ればいい」と思われるかもしれませんが、席が空いていないこともあります。「呼ぶときは肩を叩いてください」とお願いするのも、忙しいスタッフさんに申し訳なくて躊躇してしまいます。

だから今日も私は、小さなクリニックの片隅で、張り詰めた糸のような緊張感の中で「勘」を働かせています。 もし、病院の待合室で、呼ばれてもいないのに受付に行ってしまったり、キョロキョロと落ち着きのない人がいたりしても、「ああ、あの人は今、必死にタイミングを計っているんだな」と、温かい目で見守っていただければ幸いです。

そして願わくば、すべての病院に「呼び出しモニター」か、せめて「呼び出しベル」が導入される未来が来ますように。





2025年12月13日土曜日

「背中のミスコミュニケーション」を防ぐために。難聴とヘルプマーク、そしてもう一つの工夫

街中で「ヘルプマーク」を見かける機会が増えてきました。外見からは分からなくても、援助や配慮を必要としていることを知らせるこのマークは、社会の中で少しずつ浸透しています。しかし、聴覚に障害を持つ私にとって、このマークだけではカバーしきれない「もどかしい瞬間」が存在します。それは、背後からのコミュニケーションです。

本日は、私が実践している、ある小さな工夫についてお話ししたいと思います。

難聴だと背後からの声掛けに気付けないのです


「無視してしまった」という罪悪感

重度の難聴がある場合、背後からの呼びかけに気づくことは非常に困難です。 例えば、バスや電車の中での出来事です。混雑した車内で、親切な誰かが私のヘルプマークに気づき、「席を譲りましょうか?」と後ろから声をかけてくれることがあります。

視界に入っている相手なら気づくことができますが、死角となる後方から声をかけられても、私はその声に全く気づくことができません。 あとになって、ふとした周囲の視線や気配で「あ、もしかして今、声をかけられていたのではないか?」と察する瞬間があります。しかし、時はすでに遅く、相手の方は反応のない私の背中を見てどう思ったことでしょうか。

その時、悪いことをしたわけではないのに、胸に小さな罪悪感が広がります。 「せっかくの親切を無視してしまった」 「無愛想で失礼な人だと思われただろうな」

相手の善意を受け取れなかった申し訳なさと、誤解されてしまったかもしれないという不安。この「背中のミスコミュニケーション」は、私にとって精神的な負担となっていました。

状況を「可視化」するという解決策

そこで私が始めたのが、今回ご紹介する4コマ漫画にあるような「状況の可視化」です。 ヘルプマークと一緒に、アクリルケースに入れた独自のタグを鞄につけることにしました。そこには、はっきりとこう記しています。

『【難聴です】【聞こえてません】』

これは単なる事実の提示ですが、コミュニケーションのあり方を劇的に変える力を持っています。

この表示があることで、周囲の方は「無視された」のではなく「聞こえていないのだ」と即座に理解してくれます。その結果、呼びかけに反応がなくても「仕方がない」と納得していただけますし、場合によっては肩を叩くなど、視覚や触覚に訴える別の手段でコミュニケーションを取ってくれることもあります。

優しさを無にしないための準備

このタグをつけることは、周囲への甘えではなく、**「優しさを無にしないための準備」**だと私は考えています。

障害の有無にかかわらず、コミュニケーションのすれ違いは誰にとってもストレスです。しかし、こちらから「聞こえない」という情報をあらかじめ開示しておくことで、相手の誤解を防ぎ、私自身の「気づけなかった」という罪悪感も減らすことができます。

もし、街中でこのタグを見かけたら、反応がなくても「悪気はないんだな」と思っていただければ幸いです。そして、同じような悩みを持つ当事者の方がいらっしゃれば、ぜひこの「可視化」という手段を試してみてください。

言葉が届かない背中でも、情報の伝え方を工夫することで、社会の優しさをこぼさず受け取ることができる。そう信じて、私は今日もこのタグと共に外出しています。


現実の効能は…!?

ちなみに、このタグをつけてからの「現実」はどう変わったかと言うと……。 正直なところ、席を譲ってもらえることよりも、満員電車などのドア付近に立っていて「避けてほしい」という意味で、グイっと体を押されることが多くなりました。

東京の電車やバスは混雑が激しいですからね。 ちょっぴり切ないですが、これも「聞こえていないなら体で伝えるしかない」という、一応のコミュニケーションが成立した結果だということで(笑)。

2025年12月12日金曜日

【4コマ漫画】その優しさ、解読不能!?難聴者が直面する「筆談」のリアルな落とし穴

 こんにちは。今回は、ある「難聴者あるある」を描いた4コマ漫画をご紹介します。

タイトルは**『善意の解読不能ミステリー』**。

聴覚に障害がある方にとって、コミュニケーションの架け橋となる「筆談」。 「筆談してあげるよ!」という善意はとても嬉しいものですが、そこには意外な落とし穴がありました。 優しさが空回りしてしまう、ちょっぴり切なくて、でもクスッと笑ってしまう(そして考えさせられる)エピソードをご覧ください。


■ 漫画:善意の解読不能ミステリー

筆談を試みるも悪筆で伝わらない様子を描いた4コマ漫画
筆談は読めるように書いて



■ 「優しさ」だからこそ、言えない辛さ

この漫画の最大のポイントは、**「相手に悪気がない」**という点です。

もし相手が冷たい態度であれば、「もっとちゃんと書いてよ!」と心の中で毒づくこともできるかもしれません。しかし、相手は満面の笑みで、親切心からペンを執ってくれているのです。

  • 「せっかく書いてくれたのに」

  • 「忙しい中、時間を割いてくれたのに」

そんな相手への配慮がブレーキとなり、難聴者は**「読めない」「わからない」という事実を飲み込んで、愛想笑いでやり過ごしてしまう**ことがあります。これが、4コマ目の「哀愁漂う姿」の正体です。

■ 「筆談」に必要なのは、紙とペンだけじゃない

聴者(聞こえる人)がついやってしまいがちなのが、「単語だけ書けば伝わるだろう」という思い込みです。

例えば、「会議」とだけ書かれた紙を渡されても、

  • 「これから会議があるの?」

  • 「会議室が変わったの?」

  • 「会議の資料を用意してほしいの?」 文脈がなければ、その意味は無限に広がってしまいます。

さらにそこに「悪筆」が加わると、もはや解読不能なミステリー。 「丁寧な文字」「主語・述語のある文章」。 これらが揃って初めて、筆談は「伝わるコミュニケーション」になります。

■ お互いが笑顔になるために

この漫画を通じて伝えたいのは、決して「字が下手な人は筆談するな」ということではありません。 「伝えよう」とするその気持ちは、何よりも尊いものです。

筆談のコツ


ただ、ほんの少しの工夫――

  • 相手が読みやすいように、少し大きく丁寧に書く

  • 単語だけでなく、短い文章にする

  • ある程度書いたら逆向きにして欲しい

  • 「読めますか?」と確認する

その「あと一歩の配慮」があれば、1コマ目の女性の笑顔は、最後まで消えることなく続いたはずです。

もしあなたの周りに難聴の方がいて、筆談をする機会があったら、ぜひこの漫画のことを思い出してみてください。あなたのそのペン先には、相手を安心させる力も、困惑させる力も宿っているのです。

2025年12月11日木曜日

【4コマ漫画】冬の屋外で補聴器が急に聞こえなくなる現象と、私たちを悩ませる「防寒とハウリング」のジレンマ

 厳しい寒さが続いていますね。 補聴器ユーザーの皆様、冬の屋外を歩いているときに、ふと「あれ? 急に音が消えた?」と焦った経験はありませんか?

電池切れの合図もなっていないのに、突然の無音。 実はこれ、故障ではないことが多いのです。今日はそんな冬特有の補聴器トラブルと、その対策にまつわる「あるジレンマ」について、4コマ漫画を交えてお話ししたいと思います。

なぜ冬に補聴器が止まるのか?

補聴器の電源には、大きく分けて「空気電池」と「充電式(リチウムイオン電池)」の2種類がありますが、実はどちらも寒さに弱いという弱点があります。

昔ながらの空気電池は、気温が下がると化学反応が鈍くなり、電圧が低下してしまいます。 また、私も使っている充電式の補聴器も同様です。寒い日にスマホの電池が急に減ったり、電源が落ちたりした経験はありませんか? あれと同じで、リチウムイオン電池も低温下では本来の性能を発揮できず、動作が不安定になることがあるのです。

そんな時の私たちの様子を、4コマ漫画にしてみました。

寒さと補聴器の保温


「手で温める」だけでは不十分?

漫画の3コマ目のように、補聴器(補聴器君)が寒さで震えてしまっています。 よくある対策として「手で握って温めると復活する」と言われます。確かに一時的に機能は戻るのですが、実はこれだけでは解決にならないことが多いのです。

手で温めて機能が戻っても、また冷え切った耳元に装着して寒風に晒せば、すぐにまた冷えて止まってしまいます。 「冷える→温める→また急激に冷える」という温度変化の繰り返し(ヒートサイクル)は、精密機械である補聴器にとっても大きな負担がかかりますし、何より補聴器君が可哀想ですよね。

だからこそ、漫画の4コマ目のように**「イヤーマフや帽子で覆って、持続的に温めてあげる」**ことが、補聴器を安定して動作させるための正解になります。

「防寒」と「ハウリング」の板挟み

しかし、ここで私のような重度難聴ユーザーには、もう一つの壁が立ちはだかります。 それが**「ハウリング(ピーピー音)」**の問題です。

聴力を補うために音の増幅(利得)を大きく設定している場合、イヤーマフで耳を完全に覆ってしまうと、増幅された音がイヤーマフに反射してマイクに戻り、「ピーーーッ!」という強烈なハウリング音が鳴り響いてしまいます。

  • 温めないと、聞こえなくなる。

  • 温めようと覆うと、ハウリングでうるさい。

このジレンマ、本当に悩ましいですよね。

私なりの解決策

私が実践しているのは、**「ハウリングしないギリギリのラインを探る」**という方法です。

イヤーマフを少しずらして隙間を作ったり、ニット帽の素材を通気性の良いものに変えたり。完全に密閉せずとも、直接の寒風さえ防げれば、電池のパフォーマンス低下はある程度防ぐことができます。

冬の屋外での「聞こえ」を守るためには、自分の補聴器の特性(ハウリングの起きやすさ)を知り、それに見合った防寒グッズや着け方を工夫することが大切です。

もし、同じように冬の外出で困っている方がいたら、「補聴器も寒がっているんだな」と思って、優しく(でもハウリングには気をつけつつ)温めてあげてくださいね。

寒い日の補聴器の対策




2025年12月10日水曜日

✈️ 空港の電子音に潜む無関心:中部国際空港で露呈したアクセシビリティの盲点

先日、中部国際空港セントレアを利用した際に遭遇した、ある自動販売機での体験を通じて、社会に残る「音のバリア」について深く考察させられました。

私はスマートフォンのアンケートに当選し、無料でドリンクと引き換えられるQRコードを入手しました。このささやかな幸運に心躍らせながら、意気揚々と対象の自販機に向かいました。

耳が聞こえない人の自販機の悲劇という4コマ漫画


認証完了の「無音」が生む混乱

自販機に備え付けられたリーダーにQRコードをかざすと、機械からは認証完了を知らせるはずの「ピッ」という軽快な電子音が鳴り響きます。健聴者にとっては瞬時に次の操作へ移るための重要な合図ですが、私にはその音は届きません。

音によるフィードバックがない状況下では、自販機はただ黙々と佇む「無愛想なマシーン」にしか見えません。コードが有効に読み込まれたのか、それともまだ角度が悪いのか、確認する術がないのです。

周囲に他の利用者がいないとはいえ、飛行機への搭乗時間が迫る中、操作に手間取ることへの焦燥感は増すばかりでした。私は不安から「まだ認証されていない」と判断し、何度もコードをかざし直しました。その間、自販機は確実に「ピッ、ピッ」と認証完了の音を立てていたはずです。


予期せぬ商品の出現と設計の非情さ

そして、何度目かの操作の後、予期せぬタイミングで一本の缶飲料が出てきました。出てきたのは私が望んだ商品ではありません。

混乱の原因は、音によるフィードバックの欠如です。私にはQRコードが有効に読み込まれた時点が全く分からなかったため、「商品を選び、ボタンを押す」という一連の操作に移行できていませんでした。

なぜその商品が出てきたのか。有効化後の操作タイムアウトで自動的にデフォルト商品が選択されたのか、あるいは繰り返しのコード操作が高機能ゆえに誤作動を引き起こしたのか、理由は不明です。しかし、原因が何であれ、利用者に操作の現状を伝えようとしない設計が、予期せぬ結果を招いたことは明らかです。

手に取った望まぬ缶を眺めながら、私はこの「音」に依存した設計の非情さを痛感しました。国内外のあらゆる人が利用する公共性の高い空港において、このような設計は、聴覚に障害を持つ人々を極めて不利な状況に置き去りにしていると言わざるを得ません。


高機能な自販機だからこそ求められる最低限の配慮

私たちの社会の多くのインフラは、音を前提に設計されています。操作完了確認音だけの設備は、聴覚障害者にとって操作完了を確認できない状態を意味します。長年の経験から「勘」で済ませることもありますが、それは常に不確実性とストレスを伴います。

セントレアのような国際的なハブ空港が備える高機能な自販機だからこそ、特別な設備を求めるのではなく、せめて標準機能として視覚的な情報をプラスしてほしいと願います。

せめて高機能自販機ではもっと視覚情報が欲しい


QRコード読み取りのような重要なインターフェースにおいては、

  • 視覚的フィードバックの強化: 「読み取り完了」や「商品を選択してください」といったメッセージを、単なる一瞬の点滅ではなく、大きな文字やコントラストの高い色で明確に表示し続けること。

これらは、開発コストを大きく上げることなく実装可能であり、すべての利用者の公平性を確保するための最低限の措置です。今回の小さな体験は、日々の生活の中で聴覚障害者が直面する不便さの氷山の一角です。すべての人にとって利用しやすいインフラが、当たり前の基準となることを強く期待します。


ちなみに、セントレアを非難する意図はありません。

2025年11月27日木曜日

難聴は認知症のリスク? その「統計」を逆手に取る、私の「脳への非日常」入力法

 はじめに:聞こえないことと、脳の活動

私はかなり重度の難聴を持っています。近年、医学的な統計において「難聴の人は認知症になりやすい」という話は、もはや定説として語られるようになりました。耳からの情報入力が減ることで脳の活動が低下したり、コミュニケーションが億劫になって孤立したりすることが原因だと言われています。

この事実は、私にとって決して気持ちの良いものではありません。しかし、嘆いていても聴力が戻るわけではありません。「ならば、耳からの刺激が減っている分、耳以外からの刺激で脳を圧倒的に忙しくさせてやればいいのではないか?」――私は最近、そう考えるようになりました。

今日は、私が実践している「脳への意図的な刺激」としての生活習慣、そして少しユニークな週末の過ごし方について書いてみたいと思います。

脳は「慣れ」が大好物。だからこそ「裏切る」必要がある

そもそも、なぜ認知機能が衰えるのでしょうか。一つの仮説として、日々の生活が「ルーチン化(パターン化)」してしまうことが挙げられます。

人間の脳は優秀なので、毎日同じ通勤路、同じ仕事、同じ人間関係の中にいると、最小限のエネルギーで動けるように「自動操縦モード」に入ります。これは生存戦略としては正しいのですが、脳の機能を保つという点ではマイナスです。特に私のように聴覚情報が不足している場合、視覚や体験による刺激まで「いつものこと」で済ませてしまうと、脳への入力は激減してしまいます。

そこで必要なのが、**「意識的に日常を覆す」**ことです。 毎日の通勤経路を一本変えて、違う路地の景色を見る。季節によって変わる街の装飾を、「なんとなく」ではなく「意識して」観察する。これだけで、脳の空間認識能力や注意機能はフル稼働し始めます。

「旅行の疲れ」の正体は、脳の疲労である

皆さんは、旅行から帰ってきた時、どっと疲れを感じたことはありませんか? よく考えてみると不思議なことです。観光バスや電車に乗っている時間が長く、物理的に歩いた距離は普段と変わらないかもしれない。それなのに、なぜあんなに疲れるのか。

私は、これこそが**「脳がフル回転した証拠」**だと思っています。

見知らぬ土地では、脳の「自動操縦」が通用しません。「このバスで合っているか?」「次はどこで曲がるのか?」「見たことのない看板がある」――。脳は常に予測不可能な情報に対処し、リアルタイムで判断を下し続けています。体が動いていなくても、脳はずっとフルマラソンをしているようなものです。

つまり、旅行後の心地よい疲労感は、脳がしっかりと刺激を受け止め、活性化した証(いわば脳の疲労)と言えるのです。これこそが、認知症予防における最強のトレーニングではないでしょうか。



週末の「冒険」:AIに提案させ、最後は私が決める

毎週旅行に行ければ理想的ですが、予算も時間も限りがあります。そこで私は、「近場の知らない場所」を散歩することを習慣にしています。

ここで面白いのが、行き先の決め方です。私は最近、AI(人工知能)をパートナーにしています。 「都内近郊の金運のご利益のある神社を教えて」「怪しげで、でも一般人でも行ける廃墟・遺構を教えて」とか興味のあることをなんでもAIに投げかけ、あえて「行動予定量の10倍の量の計画(選択肢)」を作ります。

なぜ10倍も出させるのか。10倍くらい情報を持っていれば、その中からその時に応じて好きなものを「決断」できるから。決断という行為こそが脳の前頭葉を刺激するからです。計画が1つしかなかったら、単なる行動プログラムと化してしまいます。計画を緻密にたてて、行動予定通り行動することが美学なんてのは、自衛隊の演習だけでよろしいです。計画候補をたくさん持っていると自然に「選択と決断」ができます。それに達成の義務感もないのでストレスも少ないです。

情報収集という作業で脳を疲れさせるのではなく、最後の「意思決定」にリソースを集中させる。そして、その日の気まぐれで選んだ場所へ行き、初めて見る景色の中を歩く。このプロセス自体が、高度な脳トレになっています。

「消費」だけでなく「創造」も刺激になる

場所を移動すること(インプット)以外にも、脳への刺激を与える方法はあります。それは「新しいことを生み出す(アウトプット)」ことです。

  • 今まで作ったことのない料理のレシピに挑戦する。

  • DIYで生活を便利にする道具を作ってみる。

  • あるいは、こうして自分の考えをブログに書いてみる。

「やったことがないこと」に挑戦する時、脳は試行錯誤を繰り返します。手順を考え、手を動かし、失敗して修正する。この一連の流れもまた、日常のルーチンを打破する強力な刺激です。

おわりに:難聴を「攻めの生活」のきっかけに


「難聴だから認知症になるかもしれない」と怯えて引きこもるのが、一番のリスクです。 聞こえにくい分、私は人一倍、目で見て、足で歩き、直感で選ぶ生活を楽しもうと思います。

「今日はどこで脳に刺激をれさせてやろうか?」 そんなゲーム感覚で、明日もまた、いつもとは違う道を選んで歩いていくつもりです。皆さんも、日常の中に小さな「非日常」を取り入れて、脳に心地よい汗をかかせてみませんか?

2025年1月20日月曜日

【実録】アブミ骨手術後の4ヶ月:効果の停滞と再手術決定までの経緯

 アブミ骨手術を終え、止血のために耳に詰められていたガーゼが取れたとき。聞こえる音が大きくなった、あるいは聞き取りやすくなったというような明確な変化は認識できませんでした

術後の変化について、「こんなものなのか?」という感想を持ちました。

術前の説明では、耳の中の水分が抜けて聴力が回復するまでに約3ヶ月、聴力が安定するまでには約6ヶ月かかるとのことでしたので、「これから良くなっていくのだろう」と様子を見ることとしました。

アブミ骨手術1回目から再手術決断まで


📊最初の聴力変化と補聴器調整

手術から約1ヶ月が経過した頃、まだ効果が安定していない時期でしたが、補聴器を装用すると音量が上がっていることを確認できたため、補聴器の調整を行いました。

調整内容としては、手術を実施した右耳の音を5dBほど小さく設定した、というものでした。これは、手術によって聴力が5dB程度改善したことを示しています。聴力損失が70dB程度の状況で5dBの改善は、回復度合いとしてはわずかであるという認識でした。また、効果がまだ安定しない時期であったため、「今後の推移を見守る必要がある」と考えていました。

聴力検査における5dBは誤差の範囲とされることもありましたが、実際に聞こえる音としては、5dBの上昇で音を**「うるさく感じる」程度の差**が生じました。このため、改善が起こっていることは確かでした。しかし、空気で伝わる聴力(気道聴力)と骨で伝わる聴力(骨伝導聴力)の差(気骨導ギャップ)が20dBほど残っていたため、「更なる改善の余地はあるだろう」という状況でした。

📉効果の停滞とCT検査による原因特定

当初感じたわずかな改善効果も、3ヶ月が経過する頃にはそれ以上の進展が見られず、聴力は術前の状態に近くなっているという経過をたどりました。

そして、手術から4ヶ月が経過した12月、「この状況は計画と異なっている」という判断からCT検査を予約し、翌1月に検査を受けました。

CT検査の結果、3つある耳小骨のうち、鼓膜側のツチ骨と、その隣のキヌタ骨の間に隙間が発生していることが判明しました。これにより音の振動がうまく伝わらなくなり、聴力の回復が妨げられている、という結論に至りました。

🗓️再手術の選択と術式の決定

聴力が回復していない右耳に対し、以下の選択肢を検討することになりました。

  1. 回復していない右耳を再手術する。

  2. このままにして、比較的状態の良い左耳の手術を実施する。

左耳の手術を選択した場合、右耳が聞こえない状態に加えて、左耳が回復するまでの期間、聴覚がほぼ機能しない状況に陥ることが想定されました。この負荷を考慮し、右耳の再手術を選択しました。

再手術の方法については、以下の通りでした。

  • 第一選択: 隙間が生じたツチ骨とキヌタ骨の間を埋めて、耳小骨の連鎖を再構築する

  • 第二選択: それが困難な場合、キヌタ骨を迂回(バイパス)し、ツチ骨とアブミ骨を直接連結する(キヌタ骨による音の増幅効果が得られないため、第二選択とされました)。

具体的な術式は、手術中に可能な最善の方法を選択してもらうこととし、医師に一任しました。準備を進め、2回目の手術は、1回目の手術から11ヶ月後となる2025年7月に行いました

アブミ骨手術後、再手術までの道のり